イラスト・文/河原敬吾

平日の昼下がり、いつものようにフラフラと用賀の街を歩いていると目の前に一台の軽トラック。荷台には、テレビや冷蔵庫、洗濯機、ソファにベッド。引っ越しのトラックだ。

荷積みされた柔らかそうなソファに太陽の日差し。
気持ちよさそうなソファに吸い寄せられ、ブー太郎は荷台へと飛び乗りソファに寝転がってみた。

気持ちいい。

ブー太郎がソファに寝転がってから、ほどなくしてエンジン音。トラックが動き出した。
トラックが動き出してもブー太郎は動じない。遠い街に行っても、クルマに乗って用賀インターで降りれば戻ってこられる事を知っている。1カ月や2カ月、旅に出ることなどブー太郎にとっては何の問題もない。戻ってこれなくなっても、それはそれでいい。

自由気ままなノラ猫。

今を生きるブー太郎は、知らない街に行くよりも心地よいソファで寝ることの方が大事だ。走りはじめると少し肌寒くなってきたが、日差しで温まった柔らかいソファは眠気を誘う。あっという間に深い眠りについたブー太郎は2時間ほどしてから、かすかな磯の香りで目が覚めた。海が近い。

湘南まで来ていた。

日差しで温まっていたソファもすっかり冷え、お腹も空いてきた。
少し不機嫌。

トラックが信号待ちをしていると、なんだか食べ物のいいニオイ。
鼻をクンクンさせると、とってもいいニオイ。ブー太郎は、すかさず荷台から飛び降りニオイのする方へ。

見上げると「OKAGESAMA」と書いたラーメン店。
ラーメン店にしては、店構えがポップだ。
客がお店から出て扉が開いた隙に店内へ。
出汁のニオイで充満した店内は、食欲がそそる。
我慢できないブー太郎は、すかさず「ブー」とアピール。

「あれ?ネコか?」厨房に居たトマトの帽子を被った店主が気づいてブー太郎に近づいてきた。

「お前、ノラ猫か?店に入ってきちゃダメだぞ」

ブー太郎は、それでも「ブーブー」と店主の目をジッと見ながらお腹が空いてることを必死に訴える。「しょうがねえな。ちょっと待ってろよ。うち自慢のトマトラーメンを少しだけ食べるか?」

「ブー」

店主は、厨房に入ってから麺を数本湯でてから食べやすいように細かく刻み、スープを冷ましてからブー太郎に出してやった。猫まんま風トマトラーメン。

「ほら、食べろっ」

お腹が空いてるブー太郎は、むさぼるようにトマトラーメンに食らいついた。

「逃げないから慌てんなよ…しかし、ノラ猫のくせに美味そうに食べるなお前」

実際、うまい。

トマトの帽子を被った店主は、適当でボキャブラリーが多い方ではないが、頼られれば嫌とは言えない。ブー太郎にも入ってきちゃダメと言いながら、食べて喜んでる姿を見てるとついつい嬉しくなってくる性分。

人にも動物にも優しいが、、
「優しいけどダメなやつ。いや、優しいからダメなやつ」

二度の離婚。2番目の嫁との間に出来た2人の娘とは離れて暮らし養育費を払う身。それでも数カ月に一度娘と会う機会を楽しみにしている。どうしょうもないけど憎めない。職を転々としながらも人好きで飲食業界からは離れない。あゆみくりかまきというアイドルのファンであり、そのファンが憎めない店主のもとに集う。優しくてダメなやつには人が寄ってくる。

気づくと食べ終えたブー太郎。

「ん?食べ終わったか。じゃあ、そろそろ帰れ」

そっと扉をあけて、ブー太郎をお見送り。

ブー太郎も、美味しいラーメンのお礼に「ブー」と一言。

「じゃあなっ!腹が減ったら、また食べに来いよっ!」と言って扉をしめると、店主は厨房に入りいつものように忙しく働きはじめた。

店主の背中を目で追い厨房に入る姿を見届けると、ブー太郎はゆっくりと歩き始めた。

これからどこに向かおうか。

おわり