情報と情緒の視点から次の時代のヒントを得るためのインタビュー連載「SCROLL」。
今回のインタビューは、前回に引き続き関岡木版画工房の摺師・小川信人さん。5年間の修行を終え、今年関岡木版画工房として独立をしました。摺師としてだけではなく、伝統工芸自体の魅力を伝えていきたいと強く思っている小川さん。今回はそのきっかけや取り組みを小川さんならではの経験を交えて語っていただきました。

摺師とは?
浮世絵版画は「絵師」「彫師」「摺師」という三者の分業によって行われている。摺師は彫師が彫った版木に色料を付着させ、和紙に摺り上げる浮世絵の最終工程を担う仕事。


パーツごとに彫られた「千社札」の版木。千社札とは、神社や仏閣に参拝を行った記念として貼るお札のこと。自分の名前や住所を書き込まれているので、愛好家たちは名刺代わりとして使用している。今回はこのデザインを用いて、摺りの工程を実際にお見せいただいた。

――この業界で働こうと思ったきっかけは何ですか?
うちは曾祖父の代から摺りの仕事をしています。祖父も摺師で、木版画は幼い頃から身近な存在でした。たまに手伝いをしていたので興味もありましたが、仕事にしたいとまでは思わず、大学卒業後は一般企業に勤めました。会社では外回りをやっていたので、会話の入り口として家業のことをよく持ち出していたんです。それにお客さんたちが意外と食いついてくれて、「むしろ、そっちの方が良いんじゃない?」とアドバイスをしていただくこともありました(笑)それがあったからというわけではありませんが、社会人二年目になり、このまま会社を続けるべきか家業を継ぐべきか、改めて考え直しました。僕は一人っ子なので、自分が継がなければ関岡としての木版画はなくなってしまいます。その時、やっぱり残したいなと強く想い、木版画業界に入りました。

――どのような想いから残したいと思ったのでしょうか?
どんなにAIや機械化が進んだとしても、最終的には人と人だと僕は思います。印刷したものと人が描いたものでは、同じ絵だったとしても観る人の受け取り方が全く違いますよね。選ばれて残っていくものづくりをしたいと思っています。また、僕は「足るを知る」という考えを大事にしています。身分相応に満足することを知るという意味で、人間が作るものにも限界があります。だからこそ、一つ一つ最高のものを作ろうと思えます。大量生産・大量消費が必ずしも悪ではないですが、余ったら捨ててしまうじゃないですか。木版画が誕生した江戸時代は機械そのものがなかったので、和紙も道具も全て自然から取ったもので出来ています。そういった環境に優しいという意味でも残していきたいです。

木版画摺りにおいて重要な道具「バレン」。その芯は竹皮を細い糸にして、縒って長いひもにしたものを用いている。

――小川さんがそう考えるようになったエピソードはありますか?
会社を辞めて摺師になるまで、約3カ月間のバックパック経験です。社会人の時に仲良くしていたお客さんに「日本から一番近いヨーロッパはフィンランドだよ」って言われて、行きと帰りの飛行機だけ取ってとりあえず行っちゃいました(笑)フィンランドに着いたら見知らぬ外国人に声をかけられ、国際的なイベントに連れていかれたんです。そこで色んな国の人に出会い、実際にこの目で見てみたいと思って、全部で20か国以上を回りました。その中で思ったことは、日本ほど手仕事が残っている国はほとんどないということです。木版画は中国から伝わってきましたが、多色刷りのような技巧は日本独自に生み出されたものです。原型を元に日本人が進化させている、これは木版画に限ったことではありません。だからこそ、日本の伝統工芸は海外で注目されているんだと思います。日本人の手先の器用さ、繊細さ、国民性などを客観的に見てから修行に入ることができました。

――小川さんはどのような修行をしたのでしょうか?
僕はそもそも修行が長いということが嫌でした(笑)親方の川島と話し合い、5年間での独立を目指しました。やったことは、ひたすら摺って場数をこなすことです。親方からいくらアドバイスを受けても、その感覚を自分が分からなければ意味がありません。試行錯誤と感性を磨くこと。これが難しいから、伝統工芸は修行期間が長いんでしょうね。どうやったらもっと良い摺りができるのかを考えて過ごしたので、5年の修行はあっという間に終わりました。


その場で摺っていただいた千社札。談笑しながらだったが、色むらやズレは見られない。小川さんの技術の高さが伺える。

――関岡木版画工房として独立した今、どのようなことに取り組んでいますか?
昔は版元(出版社)が浮世絵の企画をして、職人に仕事を振り分けていました。けれど、今は仕事自体が減ってきています。これからは摺師の仕事に加え、版元としても手を広げていかなければならないと思っています。伝統工芸は今や希少価値や敷居が高いというイメージがありますが、元々は身近にあったものたちです。人々の日常に取り入れてもらうことが僕の狙いです。そのためには、作り手の意識も変えていかなければならないと思っています。伝統工芸の世界は、人々が思っている以上に良くも悪くもアナログです。手作りという部分においては良いのですが、その前段階の事務作業に追われて本業が疎かになってしまうのは本末転倒です。ただ、今は一度社会人を経験してから伝統工芸士を目指す方が増えてきており、改善されつつあります。年齢を気にされて躊躇してしまう方が多いですが、僕はやる気さえあれば関係ないと思います。伝統工芸にある従来のイメージをどのように変えていくか、日々模索しています。


木版画の工房は東京と京都の二都市に主な活動拠点がある。各工房には得意なジャンルがあり、関岡木版画工房は千社札を得意としている。

――最後に。小川さんにとって摺師として働く意味とは何ですか?
難しい質問(笑)まず、摺師としてはこの技術を磨いていくことです。この業界で働きたいと川島に相談した時「この業界は狭いんだけど、深いよ」って言われて。正直シビれました。実際、そうだと思います。職人はアーティストではないので、100枚なら100枚同じ品質で摺れなければ職人とは言えません。ひたすら同じことを繰り返す中で小さな気づきを見出す、それが摺師として成長する糧になるし、手仕事の魅力だと思います。それから、さっきも言いましたが、最終的には人です。伝統工芸に限らず、日本に多くの老舗が残っているのは、あの人やあの工房が作ったものという先代からのDNAや信頼が受け継がれているからです。ただものを作るだけでは成立しません。摺師としてだけではなく、人としても尊敬されるように日々精進していきたいです。

関岡木版画工房ついて
当工房では、荒川区の事業を通じたワークショップや若手職人たちが集うイベントなどを通じて、木版画の魅力を伝える様々な取り組みを行っております。木版画や伝統工芸に興味がある方は、ぜひ下記HP・Instagramをご参照ください。
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